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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)175号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

平井二郎

星運吉

被告

日本弁護士連合会

右代表者会長

中坊公平

右訴訟代理人弁護士

釘澤一郎

喜田村洋一

高中正彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の原告に対する平成二年七月二四日付け審査請求棄却決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、第一東京弁護士会に対し、平成元年一一月二八日、被告に備えた弁護士名簿(以下「名簿」という。)への原告の登録の請求の進達(以下「本件進達」という。)を求めた。

2  同弁護士会は、本件進達を求められた後三か月を経てもなお本件進達をしなかったので、原告は、被告に対し、平成二年五月一日、本件進達を拒絶されたものとみなし、弁護士法(以下「法」という)一二条四項に基づく審査請求(以下「本件審査請求」という。)をした。

3  被告は、原告に対し、平成二年七月二四日付けで、別紙裁決書記載のとおり、本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同月二七日、その旨原告に通知した。

よって、原告は、被告に対し、法一六条に基づき、本件裁決の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

認める。

三  被告の主張

被告は、原告は、法一二条一項本文前段にいう、弁護士会の秩序若しくは信用を害するおそれがある者であるという資格審査会の議決に基づいて、本件裁決をしたものであり、その理由は、別紙裁決書添付議決書記載のとおりである。

四  原告の主張(本件裁決の理由(別紙裁決書添付議決書「理由」記載)に対する原告の認否及び反論)。

1  第一項について。

認める。

2  第二項について。

認める。

3  第三項1について。

(一) 第一段について。

認める。

(二) 第二段について。

本件に関連するような問題について論じたものは少なく、弁護士法の解釈で通説といえるものはない。

(三) 第三段について。

本件については、職業選択の自由という基本的人権の重大性、法曹資格という公的に極めて重要な公的資格の社会的、国家制度的意義、原告の生活権等物心両面にわたる重大な利益を十分に考慮して公正かつ適正に判断すべきであって、一般刑事事件に法曹が関与した場合等についての先例は参考にならない。先例をいえば、弁護士が関与した刑事事件の長期間にわたる裁判の決着がつくまでの間、その弁護士に業務を行うことを容認していた例すらある。他方、原告は、二件の刑事事件で、足掛け七年にわたる三回の裁判、足掛け一三年にわたる九回の裁判、最高裁判所に四回係属し、累計二〇年にわたり当事者となり、裁判所の判断も二転、三転した。このようなケースでは、当事者として、原告なりの見解があるから、原告が無罪を主張して右裁判で係争したからといって、反省とか遺憾の意を有していないとはいえない。

4  第三項2について。

(一) (一)について。

いわゆるニセ電話事件(以下「本件刑事事件Ⅰ」という。)は、原告が、先輩裁判官から信用できるといわれて従来から交際していた信頼関係のある読売新聞の論説委員に、オフレコ話として、他から入手したテープを聞かせたところ、同人は、テープを盗み取りし、虚実とりまぜて同新聞の記事にし、右盗み取りしたテープをオリジナルであると偽証したものである。そのようなことを同人がするとは、原告としては、全く予見できなかった。したがって、原告は、自ら、政治活動や、政界の混乱を招きかねないといわれるような言動はしていない。非難されるべきは原告ではなく、右論説委員である。

(二) (二)について。

いわゆる宮本身分帳閲覧事件(以下「本件刑事事件Ⅱ」という。)についてであるが、原告は、裁判官在官中、労働裁判、公安裁判、政治犯、治安問題等に関心をもって研究していた。私的目的で宮本顕治氏について調査したのではないし、反共活動家でもない。網走刑務所を訪問した際の言動は、名刺を出し、身分を名乗り、挨拶をし、身分帳簿の閲覧を許可された後、その内容に関する雑談をし、その中で、将来の司法研究応募のための準備のことに触れたにすぎない。また、身分帳簿は、秘密文書とはいえない。宮本氏自身自己の経歴等について著述等で公にしていることからも明らかである。偽造部分もある。所轄官庁が廃棄忘れで残していた、保存期間を経過したいわば歴史的古文書であって、これを研究することは、裁判官であっても学問の自由に属する。したがって、原告の網走刑務所における言動を職権濫用ということはできない。仮に職権濫用の面があったとしても、通常のそれであって、特殊、異様な言動、反倫理的、醜悪な手段などと非難される程のものではない。

5  第三項3について。

(一) (一)について。

原告が特赦された理由は、本件刑事事件Ⅱについて、当局が原告の主張を認め、原告をして、再審申立ての道を選ばせることにより物心両面で苦労をさせることは、正義感情に照らして許されないと判断し、再審に代えて特赦を行うこととしたこと、本件刑事事件Ⅰを含めて原告の犯情が極めてよいことによるものである。

また、本件刑事事件ⅠⅡ(以下「本件各刑事事件」という。)の裁判において原告に科せられた量刑は軽く、そのことは、本件各刑事事件が、被告のいうように、狡猾、異常、陰険、卑劣、といったものではなかったことを示している。本件各刑事事件について、原告が外部に情報提供したことはないし、積極的に発言したこともない。したがって、そのことによる社会的影響は原告の行為によって生じたものではない。当時のマスコミは、いわれなき過剰反応をした面があるが、その過剰反応によって生じた結果も、足掛け一六年を経た今日では消滅した。このように、すべての点で、社会的道義的非難、批判が消滅した今日、原告の、職業選択の自由という基本的人権の重要性、法曹資格という国家の設定した公的資格の重要性、必要性、原告の生活権の重要性とその確保の必要の緊急性を考慮すれば、原告から法曹資格を奪わなければならない理由はない。

原告が反省、遺憾の念に立脚し、再起に備え、留学等真摯な努力をしたこと、特赦を得たことは、単に、非難を弱めるに止まらず、登録を妨げる理由を消滅させるものである。

弾劾裁判所の資格回復の裁判において、「請求人の請求を棄却することも強ち無理とはいえない」と、同裁判の主文と矛盾した判示をしていることは、刑事裁判の原則に反するものである。また、同裁判が、原告の名簿への登録の可否について、単位弁護士会の自治的判断に委ねられるべきものとしていることは、法律上当然のことを述べているのであって、そのことは、被告の登録の可否の判断に影響するものではない。

特赦に際しては、事件の犯情、本人の性格、犯罪の状況、社会感情に加えて、刑事事件による弁護士名簿登録等公的社会活動への復帰の疎外要件の除去が検討、考慮されているはずである。このような希有の事例と執行猶予とを同視することはできない。したがって、特赦された以上、原告は、弁護士資格適格者と認定されたに等しいものである。原告に法曹資格に欠けるものはない。

国会議員の上申、嘆願については、何の見返りも期待できない一弁護士である原告のために、複数政党の、七人の閣僚経験者、原告訴追当時の訴追委員二名、復権裁判時の弾劾裁判所の構成員を含む国会議員、法務大臣経験者、国家公安委員経験者などが加わっており、そのことは、原告の人柄、人望等から受ける法曹、法学研究者としての能力についての高い評価を示すものである。

(二) (二)について。

本件刑事事件Ⅰは、証拠の偽造、証人の偽証等が判明し、すでに社会的に認められなくなっている。また、本件各刑事事件について、原告が自己の主張をすることは、前記のとおり正当な行為であって、社会的反省とは関係がない。

(三) (三)について。

被告の主張は、すでに十数年前の本件各刑事事件についての、虚実とりまぜた、意図的、魔女狩的な一方的情報、報道、一部政党の主張と同一なものを前提としている。代表的マスコミ数社は、本件裁決についての被告会長の記者会見についての報道に関して原告に謝罪しており、このようなことは、右刑事事件についての原告の主張の正当性を示していることは、前記のとおりである。

被告が主張する社会的影響は、もともと本件各刑事事件についての不正確な報道によってもたらされたものであるから、原告の責任に帰すべきものではないし、その影響自体、すでに長年の経過により消滅している。仮に残存しているとしても極めて弱く、原告に対して弁護士登録を拒絶する理由となる程のものではない。

6  第四項について。

(一) 本件各刑事事件は、足掛け一八年前の事案であることなど、大学卒業の社会人の一生の総就業期間三五年の優に五〇%以上にわたる例外的な長期の経年性がある。原告の弁護士業務の従事という職業生活の許否にあたって、有意性を持つ社会的影響は存在しない。

(二) 有罪判決の執行等刑事事件の法的決着の制度は、長期の経年性、執行猶予判決に示された有利な状況、特赦要件の該当に示されるような社会的道義的非難、批判が消滅したような実質的事情の存在を根拠に組み立てられた制度である。また、右制度の実質的根拠、右根拠を踏まえた法的決着制度の運用が行われていることにかんがみれば、いわゆる刑事事件の法的決着は、異なる形式上の決着ではない。右は実質的観点を含む、これと不可分な決着である。

(三) したがって、(一)に加えこの点を考慮すれば、原告について、足掛け一八年前の事件など刑事事件の社会的影響、社会的道義的非難は存在しない。被告による右事件への言及は、結局、刑事事件経歴自体を取り上げていることになり、合理性のない差別である。

(四) また、仮に社会的影響、社会的道義的非難が残存していたとしても、その程度は極めて低く、これによって、原告に対し、基本的人権の制限、法的資格の活用の制限を行い、また、生活権の犠牲を強いることを正当とする有意性は、一八年を経過した現時点ではない。

(五) 原告の素行、行状、この他法曹としての資質、能力に何等の問題はない。

7  憲法違反について。

(一) 憲法一四条、二二条、一三条違反

人の刑事事件に関する経歴は、すでに刑の執行を終了し、あるいは、特赦もしくは一定の期間経過により刑の言渡しの効力が失われ、刑事事件がいわゆる前科に転化した以降の段階においては、当事者の更生再起、社会生活への復帰を妨げるのを防ぐ目的や、当人に右過去の事件から離れた平穏な生活を保障する見地から、行政庁、一般第三者を問わずおよそ他人がこれを取り上げ、論難することは許されない。したがって、現在性をすでに喪失した刑事事件の経歴それ自体はもちろん、右刑事事件の経歴に起因し、あるいはこれに関連する間接的な事情の存在することをもって、弁護士登録拒絶理由とするような立法や、名を別に借りたとしても、実質において右のような事実の存在することを理由として、弁護士登録を拒絶する理由とすることは許されない。右は、憲法上、不合理な理由で人を差別するものであり、憲法一四条の平等原則に反し、かつ、職業選択の自由を侵害し、自由な発現発揚を認められる人格権を侵害するもので、二二条、一三条に反する。本件裁決は、右憲法の規定に違反する。

(二) 憲法三一条違反

憲法三一条は、刑事手続のみならず行政手続にも適用される。行政庁の法令解釈、適用の誤りが、前記のとおり、複合的かつ重畳的に憲法が具体的に保障している複数の基本的人権を侵害している本件においては、本件裁決は、右憲法の規定に違反する。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一請求原因について。

当事者間に争いがない。

第二本件裁決の理由について。

一本件裁決の理由一について。

当事者間に争いがない。

二同二について。

当事者間に争いがない。

三同三について。

1  法一二条一項前段は、弁護士会は、「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞がある者」について、資格審査会の議決に基づき、名簿への登録の進達を拒絶することができると定めている。弁護士会は、弁護士の使命(基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること(法一条一項))及び職責(深い教養の保持と高い品性の陶やに務め、法令及び法律事務に精通しなければならない(法二条)。)にかんがみ、その品位を保持し、弁護士業務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする(法三一条)。弁護士名簿に登録された者は、当然、入会しようとする弁護士会の会員となる(法三六条一項)から、弁護士会の右目的を実現するため、前示の要件に該当する者については、当初から会員として不適当な者として、入会を拒絶する権限が認められたものである。同時に、法は、弁護士となるには、名簿に登録されなければならない(法八条)と規定しているから、弁護士の資格を有している者であっても、名簿に登録されなければ、弁護士となることができない。したがって、弁護士会による法一二条の右規定に基づく権限の行使は、弁護士資格を有する者について、弁護士となることを不当に拒否することにならないよう、慎重を期すべきことは当然である。他方、法一二条は、右要件を充足する場合について、何らの要件も定めていないから、登録の進達を求める者について、弁護士会の統制を乱すおそれがある場合、著しい非行がある場合、その者の入会によって一般会員の体面を損なうおそれがある場合その他あらゆる事由が、審査の対象となりうるものというべきである。

2(一)  証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、検事総長でないのに昭和五一年八月四日午後一一時ころ東京都渋谷区南平台町一八番二〇号当時内閣総理大臣であった三木武夫方に電話をかけ、同人に対し、検事総長の布施であると称して、いわゆるロッキード事件に関連して外国為替及び外国貿易管理法違反により拘留中の前内閣総理大臣田中角栄の処分等について直接裁断を仰ぎたい旨申し向けるなどして、検事総長の官職を詐称したものであるとして、軽犯罪法一条一五号により拘留二九日に処せられた(本件刑事事件Ⅰ。成立に争いのない乙第二ないし四号証。前示のとおり、右判決は、昭和五六年一一月二〇日上告棄却の決定があり、同月二七日に確定し、一二月三〇日刑の執行を終了した。)。

(2) 原告は、裁判官として、司法研究ないしはその準備としてする場合を含め、量刑その他執務上の一般的参考に資するため刑務所長ら刑務所職員に対し資料の閲覧、提供等を求めることができる職務権限を有していたものであるが、北海道網走市三眺官有無番地所在の網走刑務所で保管している宮本顕治(当時日本共産党中央委員会幹部会委員長)の身分帳簿等資料を調査するについて、右のような、執務上の一般的参考に資するという正当な目的がなく、これとかかわりのない全く私的な目的でいるのに、その事情を秘し、昭和四九年七月二二日ころから同月二四日までの間、あらかじめ三回くらいにわたり、前期網走刑務所へ電話をかけ、同刑務所総務部庶務課長南部悦郎及び同刑務所長程田福松に対し、東京地方裁判所八王子支部の甲野判事補である旨を名乗り、治安裁判の調査や研究をしているなどといって、右宮本に関する資料の閲覧等調査を申し入れたのち、同月二四日同刑務所に赴き、同刑務所所長室において、右程田所長に対し、右南部課長を介して「東京地方裁判所裁判官」の肩書を付した名刺を手交した上、同所長らが右宮本の身分帳簿を用意しているのを知るや、あたかも裁判官としての右正当な目的による調査行為であるかのように装いながら、同所長に右身分帳簿の記載内容の調査に応ずるように求め、その旨誤信した同所長をして、被告人自らが右身分帳簿を閲覧することを許させ、その閲覧中に、携行していた録音機をひそかに作動させて、右身分帳簿の記載内容を音読して録音したり、その記載内容について同所長に質問して応答させるなどし、更に写真撮影の許可を申し出た上、「私は、治安維持法関係の事件なんかを研究しておりましてね、それでご承知だと思いますけれども、司法研究というのがあるんですがね。」などと申し向け、同所長の前記誤信を強めさせて、同所長にこれを許可させ、直ちに同刑務所会議室において、右身分帳簿の記載内容について写真撮影をし、その後右撮影ずみのフィルムを巻き戻す際、一部を感光させてしまったため、同月二九日同刑務所に電話をかけ、同課長に対し、右写真撮影が失敗に終った事情を告げて、右身分帳簿の一部たる視察表、刑の執行停止の上申書及び診断書の写しの送付方を依頼し、同所長の意を体した同課長に、同月三一日、右各文書の手書きの写しを東京都三鷹市の被告人の当時の住所あてに速達郵便により送付させ、同年八月三日ころ右住居地においてこれを入手し、もって、職権を濫用して同所長らをして義務なきことを行わしめたものであるとして、刑法一九三条により懲役一〇月、執行猶予二年の判決を受けた(本件刑事事件Ⅱ。〈証拠〉。前示のとおり、右判決は、昭和六二年一二月二一日上告棄却となり、同月二六日確定した。右事件は、告発に対して昭和五二年三月一八日不起訴処分(東京地方検察庁)、同年七月一九日検察審査会において不起訴相当の議決、付審判請求に対して同年五月六日請求棄却(東京地方裁判所)、同年七月二六日原決定取消、付審判決定(東京高等裁判所)、同年八月二五日特別抗告棄却(最高裁判所)、昭和五三年四月二八日第一審無罪(東京地方裁判所)同五四年一二月二六日原判決破棄差戻し(東京高等裁判所)、同五七年一月二八日上告棄却(最高裁判所)、同五八年二月二八日差戻し第一審判決(東京地方裁判所)、同年一二月一五日控訴棄却(東京高等裁判所)、昭和六二年一二月二一日上告棄却(最高裁判所)という経過であった。そして、平成元年七月一一日特赦となった。)。

(二)  原告は、本件各刑事事件について、罪となるべき事実として認定された右事実を本訴においても争い、本件刑事事件Ⅰについては、布施検事総長を詐称して電話したのは原告ではない旨、本件刑事事件Ⅱについては、私的目的で身分帳簿を閲覧したのではないし、職権濫用に当たらない旨供述する。

しかし、本件各刑事事件は、原告が上告審まで争って確定したものであり、その確定された事実について合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠は見当たらないから、本訴においては、本件各刑事事件において確定された事実を判断の基礎に置くべきものである。

(三)  右確定事実及び〈証拠〉によると、右各刑事事件で有罪とされた原告の行為は、いずれも極めて政治的色彩の濃いもので、その職責上政治的中立を堅持することを求められる現職裁判官の行為としては、何人も思い及ばないほど特異なものというべく、これが公にされることによって、司法に寄せる国民の信頼に与えた打撃の大きさは計り知れないものがあるといわねばならない。

3(一)  〈証拠〉、本件審査請求の手続における、平成元年六月二六日と七月一三日の二回の弁護士法五五条一項に基づく陳述(〈証拠〉)及び当審における原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五二年三月二三日、裁判官弾劾裁判所の判決で裁判官を罷免されたが、昭和六〇年五月九日、同裁判所の決定により資格を回復した(争いがない。)。

(2) その間、刑事事件の裁判中は裁判に忙殺されていたが、昭和五五年九月ころから、昭和五七年ころまでイギリスに留学して法律の勉学に励み、帰国後は翻訳のアルバイトをしている程度で定職にはついていないので特段の収入はなく、妻子を含めた生活は、主として親族からの援助に頼っている。

(3) 本件刑事事件Ⅱについて、執行猶予期間中であった平成元年七月一一日特赦を受け、有罪の言渡しは効力を失った(争いがない。)。

(4) 原告は、本件各刑事事件については、結果的に刑事責任を負うことになったこと自体については責任を感じ、遺憾であると思っている。

(5) 多数の国会議員及び同僚の弁護士らが、原告の名簿登録請求を支援して上申書を提出している。

(二)  右の各事実は、法一二条一項前段に関する判断において原告に有利な事情として評価できる。

原告は、原告が有罪とされた行為は、いずれも破廉恥罪的刑法犯に比して罪質が軽微であり、また、裁判官弾劾裁判所の資格回復決定や特赦によって法的決着がついているものであって、このことと、行為以来足掛け一八年にわたる長い期間の経過を考え合わせれば、名簿登録の許否を判断するに当たり、本件各刑事事件に言及することは、過去の刑事事件経歴自体を取り上げることであって、合理性のない差別であると主張する。

しかし、本件において、法一二条一項前段の該当性の判断に当たり留意すべきことは、本件各刑事事件の構成要件的罪質の軽重や法的決着の有無ではなく、先に述べたとおり、原告の各行為が現職裁判官の行動として極めて特異なものであり、そのことが原告の性格、思考及び行動様式の特異性を表すものであることにかんがみ、それらを現時点においてどのように評価すべきかということである。

(三)  〈証拠〉によると、原告は、

(1) 本件刑事事件Ⅱに関連して、身分帳簿関係の資料が公の場に流出したことについて、本件が問題になった当初から、それを流したのは原告ではなく、ある人物であるとして、その人物を名指しで主張してきたが、右事件の第一次控訴審が係属中であった昭和五四年ころから原告が特赦によってすべて復権した後の平成元年ころまでの間、その当時司法部内の枢要な地位を歴任していた右人物の人事上の処遇について、再三にわたり司法部内の要路の人に不満を表明し、その一部については自己の主張が通ったと認識していること、

(2) 右に関連して、別の人事問題につき、平成二年ころ、当時の最高裁判所事務総局人事局長に面会し、どうかつ的ともいえる申入れをしていること、

(3) いわゆるリクルート事件について、朝日新聞のスクープによって事件が明るみに出る数日前に、中曽根元首相周辺と江副を検事総長に告発したこと、

以上の事実が認められる。殊に右(3)の事実については詳細は不明であるが、告発するからには、その前に、リクルート事件の端緒をつかみ、情報収集活動を続けたことを推認せざるをえない。

(四) 右(1)ないし(3)の事実に、弁論の全趣旨を総合すると、原告は、かねてから政治問題あるいは広く政治的な事柄に対する関心と執着が強く、常に自分が正義であると自負し、自己の価値尺度に反する悪に対する糾弾行動には積極果敢であって、時に短絡的であり、その思考と行動の様式の基本は、現在においても、本件各刑事事件実行当時と少しも変わっていないことが認められる。

原告が、弁護士として、右のような策動的な行動に出た場合には、事柄によっては、弁護士法の求める弁護士としての品位に反し、国民の弁護士全体に対する評価を低下させる恐れがあるといわざるをえない。

四憲法違反の主張について。

1  法一二条一項前段は、「弁護士会の秩序若しくは信用を害する虞」と規定しており、他に何らの要件も付していないこと及びその立法趣旨が合理的なことは、前示のとおりである。原告がいう、いわゆる前科に転化した犯罪について考慮することができることは当然である。そして、このことは、前科のあることをそれ自体として差別するものではないこと前述のとおりであるから、本件審査請求を棄却したことが憲法一四条、二二条、一三条に違反するという原告の主張は理由がない。

2  本件審査請求を棄却したことが、憲法の保障する基本的人権を侵害するものでないことは前示のとおりであるから、本件審査請求を棄却したことが憲法三一条に違反するという原告の主張は、理由がない。

第三結論

以上の当裁判所の判断に照らすと、被告が、原告の弁護士登録を認めるとすれば、それは、単に弁護士会内部の秩序を乱すにとどまらず、国民が期待し、求めている弁護士ないしは弁護士会の信用そのものが害されるおそれが極めて大きいものと判断せざるを得ないとして、弁護士法一二条一項前段に該当することを理由に本件審査請求を棄却したことは、先に認定の原告に有利な事情を考慮に入れてもなお、やむを得ないことというべきであるから、本件裁決の取消しを求める原告の請求は、理由がない。

よって、本件請求を棄却し、訴訟費用の負担について行訴法七条及び民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋欣一 裁判官吉原耕平 裁判官池田亮一)

別紙〈省略〉

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